地方自治における直接民主主義の方法
2024年5月29日
しろめくろめの会世話人 高村重明
2024年4月21日に行われた目黒区長選挙では残念ながら西崎翔氏の当選はならず青木英二氏の6選を許す結果となりました。青木氏は同時選挙(区長と区議)にするため3年で辞職し自分は立候補しないという1期目に掲げて実施しなかった公約を再度掲げましたがその前に辞めさせる方法はないでしょうか。また目黒区民センターの再開発、美術館の解体もなんとか阻止できる方法はないでしょうか。地方自治には選挙による間接民主主義だけでなく直接民主主義の方法がいくつかあります。それらについて検討してみます。
直接請求は大きく分けて3種類
①長の解職請求(議会解散、議員解職、主要な公務員の解職もあります)②条例の制定・改廃請求③事務監査請求があります。それぞれについて根拠、請求できる人、成立の条件、請求の効果を見てみます。
① 長の解職請求(リコール)
根拠は憲法第15条 地方自治法第81条 請求できる人は有権者であり署名は受任者にならないとできない 成立の条件は有権者の1/3以上の署名(有権者40万人以下の場合、それ以上は若干の緩和条件あり)、議会の1/2以上の賛成 期間は都道府県・政令指定都市が2か月、市町村は1か月 成立した場合、長は解職されますが再立候補は可能
ウイキペディアによると地方自治法が施行された1947年から最近の2023年まで必要な署名を集めて本請求に至ったのは長の解職が193件、議員の解職が101件、議会の解散が193件ということです。長の解職193件のうち都道府県と政令指定都市、特別区はゼロ。市が16件、177件(91.7%)が市町村です。成立要件が有権者の3分の1以上という条件は規模が大きくなればなるほど厳しいからです。2002年に40万人以上の部分が6分の1に、80万人以上の部分が8分の1に緩和されましたがそれでも厳しさはさほど変わりません。2024年4月21日の目黒区長選挙で投票した人は有権者約23万人のうち約8万2千人、青木氏に投票した人は2万5439人、西崎氏は1万9132人でした。目黒区の場合有権者は約23万人なのでリコールを成立させるには1か月で区長選挙に投票した人全体に相当する約7万7千人分の署名を集めなければなりません。登録した受任者が決まった用紙でしかできません。よっぽど区民世論が盛り上がっていなければ不可能な数字です。そのうえ直接請求(長や議員の解職、議会の解散、条例の制定など)は違反すると厳しい罰則があります。署名の妨害やおどしなど4年以下の懲役・禁固または100万円以下の罰金、署名の偽造や増減など3年以下の懲役・禁固または50万円以下の罰金、地位利用は2年以下の禁固または20万円以下の罰金、定め以外の署名簿の使用は10万円以下の罰金です。2020年に愛知県知事に対するリコール(あいちトリエンナーレ2019での表現の不自由展が反日的だとして河村名古屋市長、高須クリニック院長の高須克弥氏などが中心に運動)が起こりましたが2か月で集まったのは必要な約86万7千人分に対し約43万5千人分でした。しかも調査の結果83,3%にあたる36万余人分が無効とされました。組織的な偽造が発覚し事務局の男性が懲役2年執行猶予4年(求刑懲役2年)の有罪となりました。
② 条例の制定・改廃請求
根拠は地方自治法第74条 請求できる人は有権者であり署名は受任者のみ 有権者の1/50以上の署名 期間は①と同じ 成立した場合、長は意見を付けて20日以内に議会を開会し審議しなければなら
条例の制定・改廃請求は有権者の50分の1と条件は緩いのですが成立しても議会で審議されるだけで否決される可能性があります。例えば大阪府四条畷市では小中学校の廃止の是非について校区の住民投票条例制定の請求が1か月で必要数(有権者※44,800人の50分の1の896人)の4.5倍、4,067人の有効署名を集めましたが議会で否決されました((2016年)。例えば目黒区で目黒区美術館を残す条例を成立させるには有権者を23万人とするとその50分の1の4,600人の署名を1か月で集めなければなりません。100人の受任者を組織したとして1人46人以上です。いろいろな制約があり違反すると厳しい罰があります。署名が成功したとして議会の過半数の賛成を得なければなりません。議会に対する働きかけも必要です。(※必要数から逆算)
③ 事務監査請求
根拠は地方自治法第75条 請求できる人は有権者であり署名は受任者のみ 有権者の1/50以上の署名 期間は①と同じ 事務全般が対象 行為があった日から1年以内の制約なし 不服でも住民訴訟はできない
住民監査請求は財務会計上の問題に限られていますが事務監査請求は自治体の事務全般が対象です。また住民監査請求には行為があった日の1年以内という制限がありますが事務監査請求には時間的制限はありません。しかし有権者の50分の1以上の署名が必要であり成立してもその自治体の監査委員が監査を行うだけで要求が必ずしも実現するわけではありません。例えば日野市ではごみ処理計画の白紙撤回を求める事務監査請求が必要数(有権者146,699人の50分の1である2,934人)の3.7倍にあたる10,873人の有効署名を集めましたが①住民の声を無視している、②市民参加がゼロ、③「ごみゼロ政策」に反する、④環境破壊、健康被害が広がる、⑤建設費が倍近くなる、⑥法や条例に反するの6点を日野市監査委員会はいずれも退けています(2015年)。
直接請求以外の直接民主主義的方法
④ 住民監査請求
住民監査請求は事務監査請求と違って有権者でなくても住民であれば個人でも外国人でも企業でも可能です。しかし対象が財務会計上の行為に限られています。住民訴訟を行うためには住民監査請求を経なければならないので住民訴訟をするために住民監査請求を行うような側面があります。しかし最近の例では大阪湾で死んだクジラの処理を巡って2,000万円の見積もりにもかかわらず8,000万円で大阪市が交わした随意契約にたいして起こされた住民監査請求では金額ありきで進められたとして市民の訴えを認め市長に再調査するよう勧告する事例がありました。当時の市長は維新の会の松井一郎氏で処分業者は維新に献金をしていました。
⑤ 住民訴訟
住民監査請求の結果や結果に対する首長の措置に不服があるときは住民訴訟を起こすことができます。訴訟の内容としては①差し止めの訴訟、②処分の取消または無効確認、③怠った事実の確認、④損害賠償、不当利得返還請求の4種類です。目黒区での実例では須藤甚一郎元区議(2020年死去)が旧庁舎の売却価格が不当に低いとして区を訴えた裁判の資料等の経費を政務調査費から支出したのは違法とする返還命令処分について争った住民訴訟があります。結果は地裁、高裁が須藤氏の全面勝利、最高裁も支出のうち訴訟の印紙代と切手代のみ認めないが他は須藤氏の主張を認めほぼ勝利しました。訴訟費用は目黒区の負担となりました。この住民訴訟はある区民からの須藤氏の支出に対する住民監査請求を認めた区の監査結果に区が従ったことから起こされました。住民監査請求はそういう使われ方もされるということです。
⑥ 請願
憲法第16条、地方自治法第124条に基づいた権利ですが請願が議会で議決されても長に送付してその実現に努力するよう求めるだけで強制力はありません。国や都などへの要望(請願)は議決されれば関係機関に送られます。
2023年度の目黒区議会への請願は2件 「目黒区が原告となっている裁判を取下げ、被告に謝罪することを求める請願」「消費税の廃止とインボイス制度の廃止を求める意見書を政府に送付することを求める請願」 2件とも紹介議員はこいでまあり議員で2件とも不採択でした。2022年度の請願は1件 「重度障碍者の就労・就学支援に関する請願」 白川愛区議が紹介議員で主旨採択となりました。2019年度から2021年度の請願はありません。
⑦ 陳情
法令に根拠はありません。目黒区では議員の紹介がないものを陳情としているだけで請願と陳情の扱いに区別はないとされています(目黒区議会のホームページより)。しかし係争中の案件に関する陳情を議会運営委員会で審議しないことを決めています(山村まい区議のホームページhttps://yamamuramai.com/2023/06/seigan_hisasihayatin/)。そのため陳情から必ず審議される請願に切り替えており、区議会のホームページの表現は正確ではありません。自治体によって陳情の扱いは様々です。伊東市議会では持参した場合は議会にかけるか参考配布とするか議会運営員会で判断するが、郵送によるものはすべて参考配布とするとなっています。
2023年度の目黒区議会への陳情は40件あり、採択8件、不採択23件、継続審議4件、撤回承認4件、審議未了1件となっています。採択された陳情にはがん患者への助成金制度創設、「不登校生」の教育の場の設置、テニスコートの存続、北方領土や竹島領土の啓蒙、拉致問題の啓蒙などがあります。
⑧ その他
直接民主主義ではありませんが議会による長の不信任決議と長による議会の解散という制度があります(地方自治法178条)。まず議員の3分の2以上の出席による議会で出席議員の4分の3以上の同意があれば長の不信任決議をすることができます。長は10日以内に議会を解散するか10日たっても議会を解散しないと失職します。議会が解散された場合、選挙後最初の議会で議員の3分の2以上の出席のもとその過半数以上で不信任決議を議決すれば長は失職となります。保守系議員が多数を占める議会が革新系首長を不信任するケースが多く、1999年足立区長、2002年長野県知事、2003年徳島県知事、2007年東大阪市長が該当します。長野県の田中康夫氏以外は失職後の選挙で敗れています。足立区長の例では1996年に吉田万三氏が保守分裂もあって当選しました。1999年に不信任決議が議決され、議会を解散しましたが少数与党(共産党のみ)のなかで失職しました。同年の出直し選挙と2003年の区長選挙にも立候補しましたが当選はできませんでした。
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